何もない闇を見ながら、探るように歩く自分に既視感を覚えた。

「……『お姉ちゃん』?」

 遠い昔、そう声を掛けながら闇の中を歩き、いつも同じ誰かの姿を探していたような気がする。上も下もない闇の中で、一緒に過ごしていた少女の面影が脳裏を過ぎった。

 ああ、やはり俺は、この場所を知っている。

 ここは、もう木々で閉ざされただけの場所ではないのだろう。思い出そうと深く考えると、失ってしまった遠い昔の記憶がそれを拒絶するように、頭の芯が鈍く痛んだ。とても、嫌な動悸も覚える。

 その時、エルは、どこからか自分を呼ぶ声に気付いた。澄んだソプラノの声が暗闇に小さく響き渡っている。


――どこにいるの、ずっと探しているのに……


 何者かのその声が、エルの脳裏に直接沁み込んだ瞬間、後頭部を押さえつけるような鈍い痛みと眩暈が、唐突に消え去った。明確になった思考で、「こっちよ」と近くから声を掛けられ、エルは反射的に振り返った。


――違うわ、こっちに来て。そっちは駄目よ……


 同じ声が、先程とは逆方向から木霊した。気配を探ってみるが、生きた人間の意思はどこにも感じられなかった。

 辺りを探りながら更に先へと進むと、次第に自分の手が見え始め、身体がはっきりと闇の中に鮮明に浮かび上がるようになった。一点の光さえもない空間で、自分の身体だけがはっきりと視認出来る現象は不思議でしかない。

 その疑問について思案しようとしたエルは、ハッとして足を止めた。

 まるで突如色でも加えられたように、二匹の人形が漆黒のベールを突き破って、エルのいる空間まで音もなく滑りこんで来た。それは栗色と白色の、二体のテディ・ベアだった。

 二匹のテディ・ベアは闇の中を浮遊し、ふわふわと漂いながら、ギクリと硬直するエルの顔を覗きこんだ。