けれど、危機な状況である事に変わりはない。エルは、クロエの事を気掛かりに思いつつ、辺りの状況を確認するべく足で探った。足場も幹で覆われているのか、歩き進めた短い間に、暗闇の中で数回足を滑らせてしまった。

 自分の手さえも見えない漆黒の闇が続いていた。

 目を開けているのか、閉じているのかも分からなくなる。

 足元からは、微かに外からの振動が伝わって来た。エルは、鳥が叩き落とされた様子を思い返して、外の皆は大丈夫だろうかと不安が込み上げた。
この森が肉食だとすると、自分は、このまま食べられてしまうのだろうか?

 歩き回る危険について考えさせられたが、もし立ち止まっている間に、何者かが近づいて来て、みすみす喰われてしまうような事態になる方が怖い。またしても地面を覆う木の根の大きな凹凸に躓いてしまったが、エルは「立ち止まるもんかッ」と顔を上げた。

「~~~~ッというか、ホラー系とか断固拒否!」

 急ぎ脱出方法を考えようとしたエルは――

 不意に、何者かの意図で、自分がここに閉じ込められた可能性について思い至った。闇の中に立ち込めている肌に絡みつく空気や、湿った樹木と土の匂いには、どこか覚えがあるような気もする。

 同時に、それは殺すためでも、捕食目的でもないと勘繰っている自分がいた。

 忘れている記憶に関係している事だろうか……?

 エルは訝しみつつも、どうやらココで死ぬ事はないらしいと、慎重に手足を動かせた。恐怖感や焦燥が薄れてくれたせいか、簡単に躓いて転ぶ事もなくなった。

 先へ進むほど、懐かしい空気を覚えた。視覚以外の感覚を頼りに、エルは、その気配が強い方向へと進んだ。

 不安定な足場は、しだいに幹かさえも分からないほど平らになっていった。エルは、自分が木々の中に出来た、ぽっかりと空いた暗闇の伽藍に立たされている様子を想像させられた。