どちらとも付かない表情で、ひっそりと眉根を寄せたホテルマンが、一つ肯いて素早くクロエの元へ駆け寄った。彼は難なくクロエを確保すると、暴れる老猫を抱えて「無茶ですよ」と宥めるように告げた。

 太い幹が更に活発になり、大蛇のように暴れ狂った。

 木の根が振り落とした岩を避けたスウェンが、「出来るだけはぐれるな!」と叫んだそばから、ログが次の足場として着地して根が勢いよく大地を離れ、彼を十メートル向こうへと吹き飛ばした。

 舌打ちしつつも、ログは冷静に空中で体制を整え、動く幹に着地して地面へと降り立った。

 ログが戻って来る様子を確認し、スウェンは、エルのボストンバッグを拾い上げたセイジの腕を掴んだ。他のメンバーの現在位置を把握すべく、素早く目を走らせた彼は、エルとの間に何本もの幹が立ち塞がってしまっている事に気付いた。
 
 木々は一つの意思を持っているかのように、エルの足元へと集い、巨大な幹が壁を作るように彼女の周りを固め始めていた。

 ホテルマンが、クロエを抱いたまま咄嗟に駆け出し、エルに向かって手を伸ばしたが、――その手は僅かに届かなかった。

 何十もの幹が空高く壁を形成し、エルの視界は、あっという間に暗闇に閉ざされてしまった。木々の檻は、腹の底に響く呻りを上げて完成されると、外界の音を一切断ってしまったのだった。

          ※※※

 巨木群の中に閉ざされたエルは、視界の効かない闇の中で、思わず「どうしよう」とぼやいた。

 押し潰されるような事態に至らなかった事を、まずは幸運に思うべきだろうか。