エルは、ホテルマンの視線につられて空を仰いだ。木々の葉の向こうに、上空を旋回する鳥が見えた。

 森に入ってから初めて見る生き物だ。その鳥は身体が黄色く、波打つ美しい銀色の長い尾を持っていた。鳥は上空を優雅に舞った後、木々の茂みに羽を休ませようと翼を半ば折り畳み始めたが、――枝先が目にもとまらぬ速さで動き、鳥を攫って行った。

 再び訪れた沈黙の中、抜けた数枚の羽が、はらはらと森の中へ落ちて来た。

 深い森の中に生物がいない理由が、なんとなく分かったような気がした。舞い落ちてくる羽を、ホテルマン以外の一同がしばし呆けた顔で見守りつつ、一つの推測が脳裏で立てられた。

 この森は生きており、生物を喰らうのだろう、と。

 その時、ホテルマンが別の方へ目を向け、作り物のような顔を僅かに緊張で曇らせた

「ああ、これはまずい。『彼女』の干渉を受けます」

 呟かれた声と同時に、足元が激しく揺れ始めた。

 木々がざわめいて葉がこぼれ落ち、静寂を打ち破る轟音がエル達の鼓膜を叩いた。地面に横たわっていた巨木の根が、一斉に大地を離れて大蛇のように持ち上がり、大小様々な岩が木々の根や幹に弾かれ、柔らかい地面が不規則に崩れ始めた。

 前触れもなく始まったのは、木々の大移動だった。

 足場は非常に不安定となり、巨大な根と土埃を舞い上げる岩の波に押し潰されないよう避けるのに精一杯で、次から次へと足場を移動するように跳躍している間に、エルはスウェン達から離されていた。

 クロエが、置き忘れられたボストンバッグに素早く目を走らせた。間に合わないと悟ったように、小さな体でエルの元へ駆け出す。

 持ち上がる木々の根から剥がれ落ちる岩の下を、どうにか障害物をギリギリ避けながら走るクロエの姿に気付き、エルは血の気が引いた。クロエの近くに誰かいないかと目を走らせた時、ホテルマンがに止まったので、周りの轟音に負けないよう叫んだ。

「ホテルマンッ、クロエをお願い!」