部落の山には野犬もいたので、餌付けられた野良犬が、俺が「イヌ」と呼ぶ言葉にいちいち反応して群がって来た。俺は、持っていた握り飯を賭けて、いつも無駄な抗争に巻き込まれる事になったのだ。

 俺は勿論、犬などに負けはしないが、勝利を収めた途端に「何やってんだ、俺は」と虚しくなるのに嫌気がさした。

 しばらく経っても仔犬の名前は思いつかなかったが、ある日の昼食時間に、突然思い浮かんだ。仔犬を「ポタロウ」と呼ぶ事にしたのは、ちょうど食っていたポタポタ缶のスープにちなんで思いついた事だ。

 俺にしちゃ、なかなか良い名前をつけたもんだと、その時には自分を褒めたい気持ちがした。

 後に、ポタロウがメスである事を爺さんに指摘されたが、その辺は思い悩まない事にした。犬の面を見れば見るほど、奴には、ポタロウという名がしっくりくる事に満足していた。

 ポタロウは、大きくなると、少しぐらいは賢くなった。

 散歩の時は草むらでトイレを済ませ、俺を置いて一匹で突っ走る事も数える程度には減った。俺の事を、きちんと主人と見ている節はあるが、隙あらば背中に体当たりしてくるところは今後もきっちり教育が必要だろう。俺も若くはないのだし、うっかり骨を折ったなんて事になったら、情けなくて死んだ妻にも顔向け出来やしない。

 サトウキビ畑の爺さんは、ポタロウがうちに来て二年ほど経った後、ぽっくりと亡くなった。

 爺さんは俺に最後の収穫作業まで、すっかり手伝わせて、お礼に手作りの漬物を取りに来させたあげく、俺の背中を蹴り飛ばすポタロウに大笑いした数日後、あっさりとこの世を去ったのだ。

 あの爺さんは、長く逞しく元気に生き抜いて、家族や友人に恵まれた幸せ者だったと思う。遠くから大勢の家族や親戚や友人達が集まり、爺さんは、皆に看取られる中で静かに息を引き取った。