この十六年の間、一人と一匹の間で、毎日欠かす事なく繰り返されている挨拶だった。主人は、可愛いクロエをぎゅっと抱きしめた。この猫と過ごせる残り少ない日々は愛おしくて、胸が引き裂かれるように切ない心に気付かない振りをして、今という時間を堪能するのだ。

 抱き締めた暖かいクロエの身体が、まだ生きている事を実感させてくれる。猫は人間よりも遥かに早く成長し、衰えてゆくのだという事実が主人には哀しかった。
クロエは、既に十六年以上は生き続けている。

 ずっと一緒にはいられない事がわかって、主人は、置いて行かれるいつかの未来を想って強く目を閉じた。

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 一人と一匹は、軽く風呂を済ませた後に食事をした。コンビニのパンと、袋タイプの柔らかい猫用フード。一人と一匹は、朝には牛乳を飲むのが日課だった。

 付けられたテレビからは、連続行方不明のニュースが流れていた。今年の春先から夏にかけて、十数人の男女が県内から忽然と姿を消しているのだという。死体は上がっていないが、夜道に一人で帰らないよう呼び掛けられていた。

 一緒にベッドで寝ていたはずなのに、目が覚めるといなくなっていた。いくら待っても起きて来ない事を気に掛けて部屋を見にゆくと、いなくなっていた。帰りを待っていたが、深夜になっても戻って来ない……

 失踪の共通点は、貴重品は一切持ち出されていない事だ。本人が寝ていた痕跡が布団には残されているが、人間だけが消失してしまっているという不可思議なものもあった。秋に入ってからは、まだ発生していないが、家族が帰りを待っていると情報提供が呼び掛け続けられていた。

 消失した人間に、他の共通点はない。年齢も性別も様々で、誰もが全くの赤の他人だった。

 場所は、沖縄県内の南部から北部までと広範囲だ。ニュースで報じられている人の中には、家出の経験がある者や、帰らないでホテルや漫画喫茶に泊まる習慣があった者もあった。