しかし、エルの腹立たしさは続かなかった。

 頭と腹に回されたログの腕に、ぐっと力が込められて引き寄せられた途端、木々に突入し、木々の上へ着地する衝撃が全身に走って頭の中が激しく揺さぶられた。まるで小さな小人に、執拗に頭と背中を叩かれているような痛みを感じる。

 畜生、地上に降りたら、真っ先にぶん殴ってやる……ッ

 エルは奥歯を噛みしめ、腹の底から沸き上がる苛立ちで己を奮い立たせた。

         ※※※

 ログは、木々の葉の間を器用に滑り落ちながら、抗議の声も聞こえなくなったエルの方をチラリと見やった。

 心中穏やかではないだろう事を予想しつつ、はぐれてしまわないよう、華奢な彼女の身体を強く抱える。きっと今頃、可愛い顔で、物騒な事を考えているに違いない。

 出来るだけ怪我のないよう、安全に地上を目指す事に努めるログとスウェンだったが、二人の脳裏には、先程のホテルマンとの一件が過ぎっていた。ホテルマンは、あの時、滑稽な自身の道化を嘲笑うような顔で、こう囁いたのだ。


「――あの子にだけは、どうも怖がられたくないのですよ」


 他の何者に否定されようとも、この『胸』は痛む事がないだろう。けれど、――と告げるような表情を一瞬だけ滲ませていた。

 思い起こせば、ホテルマンの目は、いつもエルを追っていた。彼はいつでも一定の距離を保ちながら、エルの動向を見ている。彼女を見つめる眼差しには、どこか強い思い入れすら窺えるほどだ。