「無理ッ、絶対に無理! ここから飛び降りたら無事じゃすまないよッ」
「そんな事ないよ、距離的に――……うん。僕らが経験した中じゃ、まだ低い方だし」

 スウェンは途中、何事かを思い出すような間を置いた後、取り繕うように微笑んだ。

 その言い方には不安しか覚えないし、説得力も感じない。

 先程見た崖の様子を思い返す限り、どう考えても一般人には厳しい高さだと思えた。夢世界の住人であるホテルマンは、大丈夫である可能性を考慮しても、エルは高度のある場所からの落下に対して、受け身が取れる自信がない。

 エルは、ボストンバッグから顔を出したクロエを、ちらりと見降ろした。

 そもそも、生身の身体でクロエをかばい、無事に着地出来るだろうか。足を壊してしまったら先へ進むのは難しくなるだろう。そんな事になったとしたら駄目だ。エルは、どうしても『仮想空間エリス』まで辿りつかねばならないのだ。

 理由はまだ思い出せないけれど、自分には、やらなければならない事がある。

 エルは思案しつつ、顎に手をやった。解決策は、数秒もかからずに浮かんだ。窓に手を掛けて待つログとスウェン、その間に佇むセイジを見つめ返して、エルはこう告げた。

「俺は、とりあえず建物の入り口まで戻って、別ルートから向かう事にするよ。どうせ目的地は一緒なんだから、ここからは別れて先に進もう。もしかしたら、俺が辿り着く頃には全てが終わっていて、元の世界に帰れているかもしれないし」