初対面ではないとしたら、という言葉に疑問を覚えて訝しげに見つめていると、ホテルマンが、続けて薄い唇を僅かに動かした。

「私だって、貴女が――」

 その時、不意にホテルマンの手がエルから離れた。彼は、胡散臭い営業スマイルを浮かべると、ウィンクを一つした。

「実は私、踏まれるのも大歓迎なのです」
「は……?」

 突然どうしたんだ、こいつ?

 すると、ボストンバッグから顔を出したクロエが、妙な事を教えないで、と言わんばかりにホテルマンの脇腹辺りに爪を立てた。ホテルマンが「痛いッ」と顔を上げた瞬間――

 凶暴な風が吹いて、そのすぐ横に巨大な何かが勢いよくめり込んだ。

 間近から聞こえた破壊音に、紙一重で身の危険から逃れたらしい事実を察して、エルとホテルマンの顔から血の気が引いた。ハッとして振り返ると、階段の下に投げ切ったフォームをしたログと、彼を背中から羽交い締めにする蒼白したセイジの姿があった。

 エルは、そっと視線を戻して、ホテルマンと目を合わせた。

 へたしたら死んでいた、ような気がする。なんで物騒な物が飛ばされて来たのかは分からないが、エルはつい先程まで考えていた事も頭から吹き飛んでしまっていた。階段の下が一気に騒がしくなったかと思えば、ピタリと静まり返ったが、自身の心音を鎮めるのに今は精一杯だった。