仮想空間のエキストラであるホテルマンには、生活意識もあるのだろうとは分かっている。

 彼は、二番目のセキュリティー・エリアで作られ、設定された登場人物の一人にすぎず、現実世界にはいない架空の存在だ。しかし、エルは、どうしても彼が放って置けなかった。

 エルは、ホテルマンの上に乗ったまま、両足を空えてしゃがみ込んだ。

 下からホテルマンの「ぐぇっ」と悲鳴が上がったが、エルは、お構いなしに自身の膝頭へ額を押しつけて、小さな声で呟いた。

「……置いて行かれたらさ、きっと寂しいよ。俺は多分、お前に情が湧いたんだと思う。ちゃんと次の『街』まで連れて行ってあげるからさ、あまり危ない事はしないでよ」

 その時、不意に身じろぎを止めたホテルマンが、普段の茶化すような声色を潜めて「いいえ」と囁いた。


「小さなお客様、『私』には、『寂しい』等ないのです……あなた様が感じているそれが、初対面ではないせいだとしたら、――どうなさいますか?」


 ホテルマンが小さく呟き、長い手でエルの髪先に触れた。

 作り物の顔の下から、どこか人間臭い表情が見え隠れしているような気がしたが、エルには、彼が抱いているらしい曖昧な思考や感情が掴めないでいた。