こんなに高い所まで登った経験はなかった。少しでもバランスを崩したら、真っ逆さまに落ちてしまうだろう。ボストンバッグにはクロエがいるので、手足一つのミスで命取りになる緊張感が、更にエルの恐怖を煽っていた。

 エルのすぐ下では、ホテルマンが「私は優秀なホテルマンなので、体力も持久力もないのですぅッ」と胡散臭い涙芝居を行っていた。本音なのか嘘なのか不明だが、彼はへっぴり腰で情けなく階段にしがみ付いている。

 泣くもんか、と大きな瞳を潤ませながら懸命に励むエルを、ログは、手を差し出したまま見つめていた。彼は、彼女の下から「怖いですよぉッ」と胡散臭い台詞を吐く声を聞いて、エルの下にいるホテルマンに冷たい一瞥をくれた。

「あれだけ闘っておきながら、情けねぇ醜態を晒してんじゃねぇよ。問題なくいけるだろ。男なんだ、根性見せろ」

 ログは辛辣に告げると、エルへと視線を戻して眉間の皺を薄めた。彼は吐息混じりに、「あのな」と言った。

「ここで意地張ってもしょうがないだろ。もう足も完全に止まっちまってるし、そのまま硬直状態が続く方が怖いだろうが。とりあえず手を掴め」
「そッ、別に怖くなんてないし!? というか、い、いいい今、上が見れないから、ちょっと話しかけないで……」

 エル達のやりとりを聞いていたホテルマンが、すかさず「えぇぇぇ!?」と声を上げた。