落ち着こうと意識したが、堪え切れない吐き気が込み上げた。これまでのセキュリティー・エリアでは、襲い掛かってくる『敵』も流血なんてなかった。

 怖い、恐い、気持ちが悪い……

 その時、不意に、冷たい大きな手がエルの視界を覆った。


「落ち着いて下さい、小さなお客様。アレは既に生きていない、ただの肉塊です。動いている者の他は、演出の小道具だと思えばいいのですよ。貴女が心まで痛める必要はない」


 ホテルマンが、エルの耳元で囁いた。

 どこか冷たい言い方だったが、不思議とエルの心は落ち着いた。リアリティはあるが、現実ではないのだと改めて自分に言い聞かせる事が出来た。

 エルは、ホテルマンに「俺は大丈夫」と答えて、その冷たい手を解いてもらった。足を止めたエルを、セイジが心配そうに待っていた。同じように立ち止まったログとスウェンとも目が合ったので、エルは遺体の一部へは目を向けず、強く顎を引いて何も問題はない事を伝えた。

 ホテルマンを除く四人は、警戒しつつ足を進めた。

 しばらくすると視界が開け、藁で出来た屋根を持った小さな民家が、ぽつりぽつりと建つだけの村に出た。

 車が四台通れる白い砂利道の先には、村の中心的な建物らしい、鼠返しのついた木とマントだけで作られた塔があった。塔に張られたマントは破け、建物を支える足は折れて歪んでいた。

 村は、小さな争いに巻き込まれた跡のように荒んでいた。半分以上の民家が既に焼け崩れ、木炭と灰の塊が目立った。屋根や塔の下や、開かれた家には引き裂かれた人間と家畜の死体が転がり、消炎と血の匂いが漂う中で、食事を続ける小ぶりな怪物が蠢いていた。