リゾートホテルの客は、空からの珍客に気付きもせず、プールを楽しんでいるようだった。少し離れたプールの縁側辺りから、先に辿り着いたらしいセイジの足が見えて、水面に浮かび上がったボストンバッグを、彼が引き上げてくれたのも見えた。

 クロエの無事を安堵した後、エルは不意に、どうやって泳げばいいのか全くわからない事に気付いた。

 思えば、水の中に入ったのは初めての事だった。足を精一杯動かしてみるが、頭に酸素が回らないせいか、いつまで経っても水中から身動きが取れないような錯覚を覚えて、焦りが冷制な判断力を奪った。

 酸素が口からこぼれ、目がぐるぐると回り始めた。

 クロエは、ちゃんと無事だっただろうか? セイジさんが回収してくれているから、大丈夫なはずだろう。

 ここはかなり深いプールだが、ログとスウェンは大丈――……考えたら、あいつらやたら身体がでかいから、きっと問題ないのだろうな。

 エルが場違いな事を考えた時、水中に飛び込む人影があった。

 大きな手が乱暴にエルの腕を掴み、強い力で一気に水面へと引き上げた。顔が水上に出ると身体が酸素を求め、エルは、早々に何度も大きな呼吸を繰り返した。

 片方の手でエルの腕を掴んでいたログが、濡れた髪を大雑把にかき上げながら「お前はッ」と怒鳴った。

「馬鹿野郎! 泳げねぇんならそう言え! てめぇはいつまでも上がって来ねぇし、飛び込む前にテーブルを蹴り飛ばしちまうし、とにかく無駄に体力を使っちまっただろうがッ」

 息が吸えるようになった途端、近くから罵詈雑言を浴びせられ、エルは喉に入ってしまった水を吐き出しながらログを睨み上げた。こちらが沈まないよう、腕を腰に回して支えてくれるのは有り難いが、その台詞は完全に選択を間違えていると思った。