山の傾斜に密集する、古びた小さな集落。木々が途絶えた丘には雑草の群生があり、山の麓を横切る川や海岸沿いに広がる眼下の街並みも、望郷を垣間見たように胸を詰まらせるほど美しかった。

 緑の山々の向こうには果てがなく、世界は、どこまでも続いていた。

 空気はひんやりと頬を打ち、肺に取り込まれるたび新鮮な美味さを覚えた。世界は驚くほど多彩な色彩に溢れていて、エルは昔オジサンと見た映画の、一昔前の西洋の街並みや中東の部落村が、まるで完成された絵画のように配置されているような印象を覚えた。

「着水するぞ!」

 野太い怒声が鼓膜を叩き、エルは我に返った。しかし、気付いた時にはプールが眼前に迫っており、受け身もままならず水面に叩きつけられた。

 エルは、どうにかボストンバッグは抱え込めたものの、水面に打ちつけた全身が鞭で打たれたように痛み、空気を含んだボストンバッグが思わず手から離れた。水は容赦なくエルの全身を飲み込み、彼女の身体は、上空からの落下の衝撃で、プールの底まで沈んだ。

 耳にまで水が浸入し、その冷たさに思わず息を吐き出しそうになった。

 とにかく水を飲んでしまわないよう、エルは口と鼻を塞ぎながら、辺りの状況を確認するよう目を走らせた。深さ二メートルの頭上を、女性と子共の白い素足が、水をかきながら通り過ぎてゆくのが見えた。

 空気が入ったままのボストンバッグが、浮力で上へと引き寄せられていることに気付いて、エルは咄嗟に、自分の身体に絡みついていたボストンバッグの掴み手を離した。とにかく、クロエを先に、空気がある場所へ持って行かなければならないと思ったのだ。