スウェンに声を掛けられるまで、エルは海の向こうを眺め続けていた。彼らの話し合いが終わったのだと気付いたのは、スウェンに肩を叩かれ、名を呼ばれてからだ。

 エルが離れている間に、男達の中では、すっかり話しがまとまったようだった。

 少年は後ろめたさもない顔で、エルに対して唐突に、別れの言葉を告げた。まるで、また明日ここで会おうね、というような口調で、彼は「さよならだ」と言った。

「俺、決めたんだ。俺にはどうしようも出来ないから、『主』の枷を外してもらおうと思って」

 スウェンが説得したのか、話し合う中で『夢人』としての本能が、少年にそう理解させたのかは分からない。決意した少年の瞳の奥には、深い愛情と大人びた理性が窺えた。

 エルが何も言えないでいると、少年が胸元を開いた。

 彼の胸部に佇む闇に浮かぶ小さな筒に向かい、ログが静かに左手を伸ばした。少年の中は深い空洞になっているようで、ログの大きな手をまるごと受け入れてしまった。

 水筒よりも細く小さな入れ物は、ログが手で触れて間もなく、泡が風に吹かれて飛んでゆくような早さで、あっという間に少年の中から消えて行ってしまった。少年が何よりも大事にしていた『小さな主』は、少年と触れあえる事もないまま、この世界から消えていった。

 海風にのってキラキラと輝く細かな光りの粒子が去ってゆく様子を、エル達は、しばし言葉なく見送った。

「これで、いいんだ」

 少年はそう言って、ひどく落ち着いた微笑みを浮かべた。

 胸に開いた穴の周囲から、その皮膚のようなものが崩れ落ちたが、少年は何事もないようにそれを隠すと、シャツのボタンを丁寧にとめ始めた。