浜辺から眼前の光景を眺めて、エルは改めて、目的の『仮想空間エリス』に近づくほど、全てが現実世界と見紛うほどリアリティをまとっている事を思い知った。

 海の匂いも、砂浜に照る太陽の日差しの蒸し暑さも、下から込み上げる熱の香りも、身体にかいた汗に吹き抜ける風の心地良さも、先程までいた仮想空間とはまるで違っていた。

 とはいえ、今回は夢世界に住むという『夢人』の登場が、スウェンの頭を悩ませているようだ。

 エルは、波と追いかけ合いを始めたクロエを眺めつつ、考えを巡らせた。スウェンの中では、既にいくつかの仮説が出来上がっていたようだが、『夢人』といったイレギュラーな出来事が、マルクが今回行おうとしている目的の不明瞭さに加わってしまったらしい。

 まぁ、そうなるよなぁ……

 マルクは『夢人』を知らないだろう。まさかこの人工の仮想空間に、本物の夢が紛れ込んで未知の力も働き、更に複雑な状況になっていると誰が思い付けるだろうか。まさに、ファンタジー小説のような話だ。

 エルは、手元にあった貝殻を手に取り、意味もなく波の向こうに向かって投げてみた。貝殻は太陽の日差しの下で一度だけ煌めき、そのまま波の向こうへと吸い込まれて行ってしまった。

 名前だけしか知らないマルクという科学者が、エルの脳裏を過ぎった。

 マルクは、どうして今回の事件を起こしたのだろう。多くの人間を犠牲にしてまで、手に入れたい何かが、この世界にあるのだろうか――
 
 エルは砂地の上にしゃがみ込み、別の貝殻を探す前に一度だけ、後方の様子を確認してみた。ログの「なんだ、ハイソンはそっちにいねぇのか」という声が聞こえた。向かいに立つスウェンが、「まぁまぁ」と宥める仕草でログに笑い掛けていた。