クロシマは名前の通り、両親はどちらも生粋の日本人だった。

 生まれ育ったのがアメリカだという事もあり、言葉に不自由はなかった。ミドルスクール時代に両親が死に、ニュージャージ州に住む叔父に引き取られた後、スポーツの強い学校へと進んだが、急きょ、全く系統の違う国立大学へと彼は進学した。

 昔からクロシマは、馬鹿みたいに身体を動かす事が好きだった。幼少期から冷めた子だと叱咤され、両親が死んだ時の悲しみも、彼の生活の中では三日と持たなかった。

 周りに何と言われようと、彼は身体を動かしている時の方が、自分が生きている事を実感出来た。運動を止めるつもりは、この時は微塵も考えていなかった。

 大学の教授を勤めていた叔父は、クロシマの急な進路変更について、彼の心変わりの詳細を勝手に想像して喜んだ。まさか、自分が連れ出した講演会で、彼の運命を大きく変える出会いをさせたなど、本人はとうとう気付く事もなかった。

 クロシマは、走る事を止めてまで、憧れた男を馬鹿みたいに追い駆けた。

 出会った当時は「素晴らしい公演でした」と言葉を掛けて、一度振り返った先で目が合った程度だ。ハイソンは、勿論、参加者の一人でしかなかった学生のクロシマを覚えていなかった。

 それでも、クロシマにとっては、あの時「追い掛けてもいいですか」と尋ねた際に、「ありがとう、楽しみにしている」と返された言葉が何よりも嬉しかったのだ。

 まさか本当に、十年後に再会出来るとは思ってもいなかった。