荒い呼吸が室内にしばらく続いた。

 ハイソンが震える腕で上体を起こし、ずれた眼鏡も直さないまま一同を見渡した。

「――た、大変な事になったぞ」

 途端に激しい胃痛が込み上げ、ハイソンは、言い終わらないうちに床の上に崩れ落ちた。副所長が負傷したと心配した若い部下二人が、慌ててハイソンの介抱に回った。

 クロシマは、床に大の字に転がると、大きく息をついて髪をかき上げた。こんな運動量は、大学の運動部時代以来だ。全く、堪ったもんじゃないと口の中でぼやいた。

「とんだ災難っすね、ハイソンさん」

 俺、ちょっとここ抜け出して、ハンバーガー買いに行く予定を立てていたのに、と彼は言葉だけの嘆きをこぼした。

 けれど反応は返って来ず、クロシマは横目に、隣の男はそれどころではないらしいと確認して「やれやれ」と額から落ちる汗を拭った。


 全く、いつになったら彼の胃は丈夫になってくれるのだろう。

 クロシマは、安堵を覚えつつ小さく笑った。大学主催の研究発表会で、舞台から去ってゆくハイソンの姿を、クロシマは羨望の眼差しで遠くの席から、いつまでも目で追っていた過去を思い出す。