投げ出した自身の足を見降ろすエスターの目は、かろうじてまだ開いていた。

 ハイソンはそれに気付き、「エスター」と声を掛けた。しかし、自分でも驚くほど頼りない掠れ声が出て、不安と緊張で喉がうまく開かないのだと自覚した。

 空調の稼働音しかない室内であった為か、虫の息のようなハイソンの声でも、エスターの耳には届いたようだった。彼は、おもむろにハイソンとクロシマの方へ視線を向けた。

 目尻に皺を刻んだエスターの眉間に、僅かに力が戻った。彼は身体を動かせないようで、何度か僅かに唇を震わせた後、ようやく絞り出すようにこう言った。

「……ここから……離れろ…………奴らは俺の、意識が飛ぶのを、待っている……今のうちに、逃げるんだ」

 ハイソンは戸を開く手に力を込めたが、それをクロシマが同じ力で防いだ。

 クロシマは血の気が引いた顔で、反論しかけたハイソンに、余裕のない目で黙るよう牽制した。

 その時、見えない室内の奥で何者かが動く気配を感じ、二人は息を殺した。クロシマの手が硬直したタイミングで、恐れに反してハイソンの手が戸を少しだけ押し開けてしまう。

 部屋の奥まで確認出来るようになった扉の隙間に、二人は、知らず怖い物見たさで顔を覗き入れてしまっていた。

 部屋の奥には、倒れている影が二つあった。四方に影すら出来ないはずの電気設備が整った室内で、エスターのいる場所以外は、暗い影を落としていた。

 まるで夕暮れが訪れた、灯りのない廃墟を思い起こさせるような視界の悪さだった。倒れた二人の人間の上に覆いかぶさるように、揺らめく気配があり、ハイソンは思わず、眼鏡を中指で押し上げて目を凝らした。

 そこには、半透明の大きな獣が三匹、身体の輪郭を炎のように揺らめかせて佇んでいた。