その部屋は、元は別の研究室として使われていたが、現在は休憩室として利用されていた。プライベートでの使用が許されているパソコンと、専用のキッチンが設置されており、時間潰しの漫画や雑誌、トランプやチェスといったゲームの私物も持ち込まれて、唯一喫煙が許されている部屋でもあった。

「……なんで慌てて振り返ったんだ、クロシマ」
「……いやいやいや、ハイソンさんこそ」

 二人は視線を交わしながら、誰が合図した訳でもなく、そろりそろりと扉へ顔を近づけた。

 ハイソンとクロシマは、恐る恐る扉に手を掛けて、音を立てぬよう心掛けて覗ける隙間を確保する為に少しだけ扉を開いた。

 息を殺して室内を覗き込んだ途端、ひどい冷気が二人の頬に触れた。

 開かれた細い隙間から見える位置には、簡易ベンチにだらしなく腰を下ろしている赤毛の中年男の姿があった。室内には、湿った土壌を掘り返したような、嫌な匂いが立ち込めていた。

 簡易ベンチに腰かけていたのは、ハイソンの同僚が助手として連れて来た、エスターとかいうサーフィンが趣味の男だった。

 フライトが身体に堪えたようで、到着早々、少佐の前で吐いた強者でもある。波は平気だが上空が駄目なのだと、そう手短に紹介された内容が印象的だった。エスターは飛行機酔いの為に、たびたび部屋を抜けていたので、二人はプライベートな言葉は交わしていない。

 とはいえ、褐色に焼けた引き締まった肌は、色白の所員達の中でも一番に目立っていたから、ハイソンもクロシマも彼の事は覚えていた。