ああ、でも、結局のところ俺は怖いんだ。

 俺は生まれて日の浅い『夢人』で、弱いし、何もしてやれない。

 その間にも、鼠男達の殺気は強くなっていた。ログにせかされたスウェンが、最悪の事態を避けるべく考え続けながら「ちょっと待ってよ」と奥歯を噛みしめる。

 少年は、自分よりも華奢なエルの背中へ目を向けた。

 揺るぎのないエルの強い眼差しと、絶対に逃げないという姿勢に眩しい勇気を覚えて、途端に自分が恥ずかしくなった。

 けれど、仕方がない。少年はこの状況がとても恐ろしく、自分には逃げる事しか出来ない事を、よく知っているのだ。

 その時、俯きかけた少年の耳に、不意に何者かの声が飛び込んだ。それは、背中から伸びる影が足元から絡みつくような、ねっとりとした悪寒を孕んでいた。


――生まれたばかりの『オチビさん』ではないのだから、少しは役に立ちなさい。君の小さな『主』の躯すら守れないのなら、今すぐに、全てを手放す事を選択しなさい……


 脳裏に直接響く言葉が、悪魔のような舌舐めずりをして、少年を嘲笑った。


――少しの時間も稼げない出来損ないなのであれば、この『私』が、君と取って変わってやりましょう。


 強い悪寒が、少年の足の先から頭の天辺まで駆け抜けた。

 後方から、姿の見えない恐怖が迫るような錯覚に襲われた瞬間、少年は痛い事はされたくないし、、誰にも傷ついて欲しくない自分の想いに気付いた。『夢人』として何も出来ないよりも、やって後悔する方がずっと良い。

 ピークに達した恐怖のせいか、不思議と、力が腹の底から湧き上がって来るのを感じた。少年は、頭の向こうで嘲笑う恐ろしい気配を振り払うように、――叫んだ。

「このまま何も出来ないなんて、絶対に嫌だ!」