エルは吐息が震えかけたが、悟られてはいけないと思った。まだ核心を掴めていないのだ。肝心な部分を、何一つ思い出させてはいないのだから。

「――なんでも、ない」

 乾いた喉から、どうにか声を絞り出した。

「日差しが暑いせいかな」

 エルがやんわりと答えると、ログが「あまり力むなよ」と視線をそらしながら告げて、素直に離れていった。エルは、くしゃくしゃになった前髪を整えた。

 その時、クロエが顔を上げ、耳を真っすぐ立て辺りを窺った。

 クロエの異変にエルたちが気付いた直後、途端に視界が薄暗くなり、四方から無数の槍が突き出されていた。


 それは、まるで一枚の絵を捲ったような、唐突な来襲だった。

 瞬きの間にエル達は、一瞬にして大量の鼠男達に取り囲まれていた。集まった槍の先端が、無数の針からなる拷問器具のように壁となって立ちはだかり、強行突破しようにも分が悪い状況だ。


 数本の槍ならまだしも、同時に数十本が降り注ごうものなら、上からの突破も厳しいだろう。

 四人は警戒態勢のまま、ゆっくりと立ち上がり、それぞれ背中合わせになって少年を庇うように立った。クロエが忍び足でエルの元にやって来て、彼女が肩から斜めに掛けたままだったボストンバッグへ、器用に飛び込んで中に身を滑り込ませた。

「……おい、どうするよ。スウェン隊長」
「……まいったね。事前の歪みもなかったから気付けなかったよ。本当に、このエリアの完成度は高いらしい」
「私とログが、このまま強行突破した方がいいだろうか」

 セイジが遠慮がちに口を挟んだが、エルは「無茶だよ」と間髪入れず否定した。