「……死んでしまったのであれば、旅立とうとしていない彼のこの『心』も、いつか旅立ちを俺に知らせるのかな。彼は、それはそれは美しい『夢』を持っていて、俺は、この世界が大好きだった――」

 悔しさを隠しもせず、少年は、声を押し殺して泣き始めた。袖口で何度も涙を拭うが、大粒の涙は次から次へと溢れ出て、どんどん彼の膝の上を濡らしていった。

 セイジが、戸惑うような視線をスウェンに向けた。スウェンは横顔だけで受け取めて、小さく手を上げて応えた。

「――可哀そうだけど、僕らにもやるべき事がある。僕らは、この世界に連れ去られた人間の女の子を助けなければならないんだ。その為に僕らは、この世界で『君の主の身体』を探している」

 スウェンが、少年に伝わるよう言葉を置き変えて、静かな声色で告げた。

 すると、少年がゆっくりと視線を上げた。

「……俺の可哀そうな『主』は、ココにいるんだ」

 少年は、自身の胸に手をあててそう告げた。

「俺も、どうしたらいいのか分からない」

 彼はそう言いながら、たどたどしい手つきで、シャツのボタンを開け始めた。

 しばらくして大きく開かれた少年の胸部には、ぽっかりと暗闇が空いていた。首と鎖骨の皮膚は残っているが、胸部中央には大きな穴があった。まるでブラックホールのように開かれた穴の中央には、円錐形の透明なガラス瓶が収まっており、そこには一匹の白い鼠が、その豊かな毛並みを波打たせて眠っていた。

 否、ガラス瓶に収められた鼠は死んでいるのだ。

 眠っているようにも見えなくはないが、培養液に浸されたその死骸に、生命は感じられなかった。鼠の閉ざされた小さな瞳は筋が入り、開いた口許からは、小さな歯と舌が覗いていた。