小さな耳鳴りがして、同時に眩暈も覚えた。深く考えようとするほど、目の奥を刺すような頭痛を覚える。そのまま目を閉じて眠ってしまいたいような気もするが、本能のような意思が、ここにいてはいけないのだと、目を閉じた先の深い暗闇を拒絶した。


――まだ、ここに来てはいけない。思い出すまでは……


 一瞬、暗闇の中にチラリと人影を見たような気がしたが、スウェンに声を掛けられて、エルは我に返った。

 途端に、頭痛や眩暈は遠のいていった。

「さ、行こう、エル君。まずは、あの少年を捕まえるのが先だ」
「――うん。そうだね、立ち止まっている暇はないから」

 エルは、ボストンバッグの中のクロエと目を合わせた。

 ああ、よかった。この世界に来てから、彼女は毛並みの調子も良さそうだ。そんな事は在り得ないだろうけれど、まるで、クロエは若返ったみたいに元気そうだ。

 考える必要はない。きっと、必要な時には自ずと思い出せるはずだから。

 エルは、ボストンバックから顔を出したクロエの頭を撫でた。まだ生きているクロエの温もりが、困惑したエルの心を、少し落ち着けてくれた。