何かが起こったのだろうか。

 驚いたハイソンは、その扉を開閉しようとしたのだが、びくともしなかった。鍵でも買飼っているのだろうかと彼は訝しみ、扉を力いっぱい叩いて大声で呼んで見たが、中の人間はピクリとも反応しない。

 ハイソンは、そこみでようやく、施設は全て防音設備が完備されている事を思い出した。強行突破しようと扉を掴みかかったが、ドアノブは石のように固く、回る気配すらなかった。

「一体どうなっているんだッ」

 もつれる足でその場を離れ、ハイソンは、重い身体を引きずって走った。

 次の備品室も、その次の備品室も、違う面々の研究員達が同じように机にうつ伏せていた。部屋は同じであるはずなのに、入っている人間だけが違っているという、奇妙な光景が続いている。

 次第にハイソンの足は重くなり、前へ進む力が弱くなった。

 まるで水中を歩いているように、手足が自由に動かせない違和感を覚えた。ハイソンは、誰か他にいないのかと大声を張り上げた。

 しかし、息が切れ切れになった喉から出たのは、自分でも情けないほど弱々しいものだった。大気中の酸素が薄れて、すっかり声帯の機能が低下してしまっているような違和感も覚える。

 誰か、俺以外に意識のある者はいないのか。

 何が起こっているか、ハイソンには見当がつかなかった。窓から差し込む光りは、既に西日に変わっており、ガラス窓に反射して向こうの風景が見えないでいる。

 必死に前へ進もうとするほど、医師に反して足は重くなった。まるで、ハイソンの意思に逆らって、身体が急速に休もうとしているようだった。深い水底に沈められたように身体は重くなり、筋肉から力が抜け――

 そして、とうとう彼の足は止まってしまった。