スウェンは、いつも前だけを見据えて足早に廊下を歩いた。ハイソンが挨拶がてら声を掛けても、あまり目を合わせてくれなかった。

 けれど、ある日、周りの同僚なら反応に困ってしまうような口下手なハイソンの話に、スウェンが少しだけ笑ってくれた事があった。その時の人間臭い彼の横顔が、ハイソンは、今でも忘れられないでいた。


――損をするぐらい甘い奴だね、君は。


 一度だけ、他愛のない言葉を交わした際に、スウェンはハイソンにそう言った。
不器用なところを嗤われたのか、落ち着きのなさを指摘されたのか、判断出来かねて尋ね返してみたが、スウェンは何も答えてくれなかった。ただ一言「僕の仲間をよろしくね」と残し、一人去って行ったのだ。

 ログが彼の部下だと知ったのは、その後の事だ。ログは、所長直々による定期健診を受けているのだが、立ち寄った際、食事を摂りながらハイソンに、「ウチの隊長がどうかしたのか」と口にしたのだ。時折、セイジという東洋人風の男も一緒にやって来て、ログと共に検査を受けていた。

 セイジの方は、ログとは違い少々人見知りのようだが、大きな身体の威圧感も覚えさせないほど、性格は温厚だった。周りの誰とでも打ち解ける才能があり、顔を見る事が少ない所員達も、彼の事は好いていた。

 それにしても、静かだ。

 ハイソンは、スニーカーの先を眺めながら歩き続けた。踵を引きずるように、自分の短い足がたどたどしく先へ進む様子を、ぼんやりとり眺める。

 足の筋肉をしっかり使わないから、結局はバランスが悪くなるのだと、クロシマに何度も叱られる不甲斐なさを思い出した。でも、直しようがないのだ。彼は人生で今まで一度も、自分の力を信じて、地面の上を進んだ事がないのだから。