午後五時を回った今、こんなに静かになったのは久しいような気がして、ハイソンの心は少しばかり落ち着きを取り戻した。

 クロシマの真似をして、試しに空き缶をゴミ箱に投げ入れてみたが、やはり上手く入らなかった。距離は近いというのに、空き缶はゴミ箱の角にヒットすると、バウンドして廊下に転がり落ちてしまった。

 ほんの少し前まで、ここには定期的に身体検査――所長とログの個人面談の為、ハイソンは検査内容について詳細を知らなかった――に訪れるログがいて、父親の元へ遊びに来るアリスが廊下を走る姿があった。

 騒がしいなぁと思いつつ、ハイソンもクロシマも、実は時折、そうやって賑やかになる所内を居心地良くも感じていた。たまに少し事件は起こるものの、生死が関わるわけではないから平和なものだ。

 今回の事件について、事情を知らない若い研究員達は、それぞれ雑用や簡単な作業を任され、ほぼ蚊帳の外といった具合で本研究からは遠ざけられていた。彼らは戸惑いながらも、ハイソンの元同僚達の指示に従い動いている。

 ハイソンの元同僚達は、現在、ほとんどが堅苦しい肩書きを持っているか、既に名の知れた科学者といった面々だった。「あのハイソンさんは、どこで彼らと知り合ったのだろう」というのが、のんびりとした若い施設員たちの、もっぱらの話題である。

 賢くない連中で本当に良かった。それが、ハイソンの正直な心境だ。

 そもそも、何が起こっているのかと問われても、現状、説明出来る者はいない。『仮想空間エリス』の計画については、既に凍結された口外禁止の研究内容であり、深く入り込むと国家機密に触れる恐れがあった為、ハイソン達も簡単に説明してやる事が出来ないのだ。

 空き缶をゴミ箱に収めた後、ハイソンは、重い足を引きずり廊下を歩いた。