プログラムの監視を行っているハイソン達と、マルクの他に、仮想空間内にハッキング出来る可能性は皆無なのだが、「そんな馬鹿な事、あるわけないかと」己の考えを嗤いつつも、胃痛が絶えなかった。

 疲れているのだ。心労もピークに達している。妙な心配をしてしまうのも、仕方がない事なのだろう。
 
 先程、気付けの一杯でコーラを飲んでみたが、ハイソンは、あまりの胃痛に立っていられなかった。

 クロシマは平気な顔で、メロンソーダを大量に飲んでいたが、考えてみれば、奴も休む暇がないはずだ。その後で自分だけトイレに掛け込んだという事実に、ハイソンは、今更恥ずかしい気持ちを覚えた。

 午後の五時を回り、施設内は静けさを取り戻し始めていた。朝に勃発した大騒動が、嘘のような気さえしてくる。

 思えば、マルクの所在を突き止め、彼の逃走劇が始まり、アリスが誘拐されてログ達が仮想空間へ侵入を開始してから、まだ一日も経っていないのだ。

 それでも、ハイソンは、随分と長い時が経過したような疲労感を覚えていた。マルクの失踪と、連続行方不明者と被害者の遺体の発見から、研究チームはずっと、緊急活動を続けさせられているせいかもしれない。

 ハイソンは、手洗いを済ませた後、自販機でミルクティーを購入した。

 ひどく不味い胃薬を、ミルクたっぷりの飲料で無理やり流し込む。冷たさと水分が、じわじわと内臓に染みた。ミルクティーを半分飲み干す頃には胃に激痛が走っていたが、必要なカロリーの摂取だと考えて、どうにか一本を飲み干した。

 基地内にあるとはいえ、第三研究所は、本来ならば少ない研究員達が、黙々と仕事を行う静かなところのはずだった。軍の関係者が、ひっきりなしに出入りするような場所ではない。