エルが室内に足を踏み入れると、クロエが顔を上げて「ニャー」と鳴いた。ボストンバックが近くには転がっており、どうやらクロエは自分で、音心地が良い上の台へと移動していたようだと分かった。

 そっと抱き上げると、クロエは満足そうに鳴いた。睡眠も、きちんと取れたようだ。

 エルは彼女を抱きしめながら、込み上げる記憶の欠如への不安を胸の底に押し込んだ。

「……これは、俺の我が儘だって事ぐらい分かっているんだ。でも、お願いクロエ。――どうか、最期の時まで傍に居て」

 クロエは、つぶらな瞳で幼い主人を見つめ、それから、エルの頬に顔をすり寄せて「ニャー」と控えめに鳴いた。

 廊下の向こうから、こちらに向かってやって来る一つの足音が聞こえた。

 ホテルマンの陽気な鼻うたが、近づいてくる。

          ※※※

 先に四本目となる支柱の元に辿りついたのは、ログとスウェンだった。

 二人が目にしたその支柱は、人間そのものが培養されているような光景だった。加工の過程で人としての顔が形成されたのか、材料となった際にそこだけが残ったのか、嫌な憶測ばかりがかきたてられた。

 まさに、悪夢といった光景だった。

 ゴールと書かれた扉を抜けた先に広がっていたのは、灰色の狭いコンクリート造りのフロアであったが、そこには、被害者の頭部――中途半端に切断されたような脛骨や動脈、性脈や筋肉の筋が伸びているのが確認出来る――の入った支柱が佇んでいたのだ。

 中央に設置された支柱には、中身の稼働液の状態が見えるよう、一点だけガラスが貼られた箇所があり、そこからは男の顔がはっきりと確認出来た。

 支柱の中にある頭だけの男は、両目を閉じており、まるで眠っているようにも思われた。けれど、やはり中を覗きこんでみると首から下には、脊髄といくつかの血管が残っているだけで、細胞自体は既に死んでしまっているようだった。