ああ、そうか。だから、俺はここにいるんだ。

 エルの中で、一つの疑問が解けて腑に落ちた。自分は、忘れてしまった記憶をかき集めて、約束を果たさなければいけないのだ。この世界に入ったのは偶然ではなく、決められた道筋に従って、エルは、エリスの世界に呼ばれたのだろう。

 それから数秒ほど、エルの意識は途切れていた。
気付くと、エルは黒い回廊の真ん中に佇んだ姿勢で、自分の足を見降ろしていた。

 約束を果たす為に、自分は仮想空間に来たのだと納得出来たつもりだったが、ふと冷静になると、困惑も込み上げた。胸が圧迫されるような、欠落した記憶への自覚に吐き気が込み上げる。

 一歩を踏み出すと、目まぐるしい思考で頭痛まで覚えた。改めて大事な約束を果たす事について考えてみたが、思い出せる記憶は、それ以上は何もなかった。

 自分の事のはずなのに、記憶が定かではない。

 思い出さなければならない何かがある事は確かだが、非現実的過ぎて、頭の整理が追いつかないでいる。

 エルは、ようやく猫の装飾が施された扉を見付けた。扉を開けた先には、鉄製の作業台がいくつか並んだ工場が広がっていて、ポリエンス性の袋や白いタッパー、計量機がそれぞれの台の上に揃えられていた。

 部屋の奥にビニールシートが置かれた台が一つあり、クロエは、その上丸くなっていた。