「で、猫ちゃん様は見つかりましたか?」
「うッ……。そっちこそ、後ろの袋は何なのさ?」

 エルが尋ね返すと、ホテルマンは勝ち誇ったように襟を整え、鼻で息を吐いた。彼の足元に置かれた白い袋は大きく膨らみ、押し込められた品物で凹凸していた。

「まぁ、落ち着いて下さい、小さなお客様――」

 ホテルマンが、凛々しさを装った声を発した。

「――私も、まだですよ」
「駄目じゃん。何我がもの顔で盗ってるの。それ、犯罪だからね」

 指摘されたホテルマンは、途端に胡散臭い爽やかな笑顔を浮かべ「じゃ、私はこれでッ」と駆けて行った。

 どうやら、本来の目的を忘れて本気で遊んでいたらしい。

「……これが、誘惑というトラップなのか」

 ホテルマンの事だけを悪く言えないと反省し、エルも兎の部屋を出た。

 扉を締めたところで、強烈な恥ずかしさが込み上げて、今更ながら頭を抱えて悶絶した。その場で叫び出したいような衝動にも駆られたが――むしろ、あのホテルマンを取っ捕まえて、その分の記憶がなくなるよう頭に強い衝撃を与えてやりたいぐらいだ――とりあえず、今はそんな事をしている場合でもない。

 ホテルマンに関しては、後で口封じはしておく事で、どうにかエルは落ち着いた。

 エルは、歩き出しながら、自分の両手を見降ろした。

 両手には、まだ兎に触れた感触が生々しく残っていた。まるで本物だ。冷静に考えてみると複雑な思いに駆られた。

 コートの一部に兎たちの毛がついていたので、それを手で払った。自分が進む先を見据えると、部屋中に比べて随分現実感のない場所だと思った。あの兎は本物なのに、歩いているこの空間や部屋だけが全て作り物のような、奇妙な違和感を覚えた。