エキストラとはいえ、ホテルマンも無事にここから出してあげたい気がしていた。多分、この短い間に情が湧いてしまったのだろう。ホテルマンには性格があり、自分の意思もある。偽物だとか実在していないだとか、エルには切り離して考える事が出来なかった。

 ほとんどの風景が黒で統一された廊下は、どこまでも永遠に続くようで、作業の終わりが見えなかった。

 エルは遠慮がちに、クロエの名前を呼んでみた。少しでも彼女の声が聞こえないかと耳を澄ませてみるが、音はピタリと止んでいた。扉の中に一度入ってしまうと音は遮断されてしまうため、ホテルマンの騒々しい声すら聞こえないのだ。

 寂しい、心細い……そういった弱気な己を叱咤し、エルは深呼吸をした。

 君がいないと、俺はすごく寂しいよ、クロエ。一体どこにいるの?

 エルとクロエは、昔からずっと一緒だった。ポタロウを失った夜明けも、オジサンが逝ってしまった枕元でも、知らない大人達が執り行った葬式の片隅でも、一人と一匹で寄り添い、励まし合いながら歩んで来た。

 エルには、クロエがいてくれれば何も怖い物はなかった。幼い頃の弱い自分も、彼女がいてくれるのなら忘れられるだろう。


 お願い、そばにいて、一人にしないでと、そう泣き続けた一ヶ月前のオジサンの命日を思い出した。

 
 強くなろうと心に決めたのは、もう随分と昔の事だ。

 エルは、死んだ人間が戻らない事を知って、他者を求める事を諦めた。

 大切な物は少なくて構わない。その思い出だけを大切に、誰にも知られずに自分が納得できる人生を送ろうと決めていた。見届けて、見送って、そうやって自分の物語に幕を降ろすのだ。

 その時、後方から扉を開閉する音が聞こえて、エルは我に返った。背中の向こうから「うひゃひゃひゃ」とホテルマンの、一風変わった高笑いが聞こえて来てビクリとする。