改めて記憶を辿ってみると、会場にいる客の数や雰囲気は変わっていなかった。まるで、映画のワンシーンをずっと繰り返しているような、奇妙な感覚がエルの中に湧き上がった。

 思い返すと、食べたはずの料理の味や匂いも、ほとんどエルの中には記憶として残っていなかった。

 そう言えば、どうして室内なのに、俺はコートを脱いでいないのだろう?

 いつもはない失態に、エルは首を捻った。気のせいか、室内の温度も、あまり感じられないような気がする。普段はすぐに脱ぐか、袖をまくるはずのコートを、思わずしげしげと眺めてしまう。

 誕生日に大事な育て親からもらった一張羅のコートだ。袖に食べ物でもついたら大変なので、普段はきちんと外すのだが……

「おい」

 野太い声が聞こえて、エルは顔を上げた。

 二つ向こうの席にいた、あの暗いベージュ髪の男と目が合った。彼は椅子の背に身体を預け、上体の半分だけをこちらに傾けている。

「なに」

 エルがそう言って睨み返すと、男の怪訝な顔が、奇妙なものを窺う視線へと変わった。