「……護身用に、習った事があるから」

 決して、誰かを傷つける為のものではないのだ。訓練はとても辛いものではあったけれど、叱りつけるオジサンの辛そうな眼差しを、エルは今でも信じている。

 その時、不意に昔の記憶が、エルの脳裏を過ぎった。


――一体何をしている? お前はこの子を、暗殺者にでもするつもりかッ?
――己を守れるように、戦う術を教えているんだ。抗う事も出来ず死んでいった連中の事を、お前は考えた事があるか?

――俺はな、死んだ後もあの子を守ってやると、そう決めたんだ。得体の知れない野郎に全部を任せる気はない。だから、この子には自分で戦う術を、根本から身に付けさせる。

――人間にとって一番怖い事はな、自分が知らぬ間に最期の戦いが起こって、他人の都合に任せられたまま、何も知らずに死んじまう事だ。


 それは過去の情景の一部のようだったが、エルには覚えがなかった。

 オジサンと出会って間もない頃、あの大きな古びた家に誰かが訪れていた事があった気もするが、幼少期にオジサンとポタロウとクロエ以外の、来訪者に出会った記憶がないのはどうしてだろう?

「おや、出口がありますよ」

 声を掛けられて、エルは我に返った。