「~~~~ッなんつう速度だよ!」
「そんな事を言っている場合ではないのです!」

 危うく、お互いの首と腰が切断されてしまうところだった。

 しかし、身体に震えを覚えるよりも早く、次の攻撃が二人の間に振り落とされてノリノウムの床に突き刺さった。二人は、ほぼ同時に飛び退いていた。敵から一切目をそらさず、一定の距離を取る。

 着地の瞬間の一呼吸もないまま、エルは次の攻撃に備えて息を止めていた。

 一秒が長くも感じたその刹那、リノリウムの底にあるコンクリートが砕け、その破片の一部が宙に舞い上がった。風圧で髪が逆立ち、全身の神経が研ぎ澄まされる。エルは、その凶器を挟んで、向こうにいるホテルマンと目を合わせた。ホテルマンが唇を引き結んだまま、わずかに肯く。

 化け物が力任せに降り降ろした長包丁が、床に半ばめり込んでいた。引き抜く際に化け物の動きに隙が出る事は想定出来た。

 コンマ二秒も置かず、ホテルマンが背後の壁を蹴り上げた。エルは臨戦態勢に入り、瞬時に腰元の銃を引き抜く。

 壁を蹴り上げて跳躍したホテルマンが、全身の力を使って、化け物の身体の中心目がけて踵をめり込ませた。くぐもった鈍い音と同時に、怪物が衝撃に耐え切れずバランスを崩すのを見て、小さな銃弾よりも体術の方が効きそうだ、とエルは理解した。

 そのチャンスを見逃さず、エルは銃を左手に受け止めると、回転を付けて床から飛び上がり、化け物の大きな背中に渾身の回し蹴りを叩き込んだ。

 ホテルマン同様、エルも全身の体重を掛けたつもりだった。普通の人間であれば、背骨が折れる力で挑んだつもりだったが、右足に感じる衝撃は予想以上に重く、エルは、化け物の強靭な肉体に思わず奥歯を噛みしめた。

 体格差が、あまりにも大きすぎる。

 エルとホテルマンは、完全に足を振り降ろすまで後に引かなかった。エルは左手の武器がいつでも動かせるよう、片手で銃のロックを解除した。