固い布地で出来た白いコック服に、作業用の防水地エプロン。大きな五本指をした手には水色のゴム手袋をつけ、巨大で長い鋭利な肉切り包丁を持ち、大きく広がった太く強靭な肩の上には、――本来あるべき頭部がない。

 エルは出かけた悲鳴を、咄嗟に自分の口を塞いで呑み込んだ。

 ホラー映画から飛び出して来たような化け物の首部分は、肩から連なる厚い布地で完全に覆われていた。無い頭部辺りに、グロテスクな血や肉変が見えるわけではないが、首のない強靭そうな侵入者の形や、凶器を持つ姿は恐怖の固まりでしかない。

 その侵入者は、肉を持った者を殺してしまう、恐怖の根源といったイメージを、強烈に覚えるようなキャラクターだった。人間や動物を見境なく虐殺し、加工してしまう設定が容易に想像出来て、エルは心の中で「みぎゃぁあああ!」と悲鳴を上げていた。

 頭部がない化け物は、どうやら視覚がないらしい。室内に入るとしばらく動かずに、ゆっくりと左右に身体を揺らせて、二人の方へ身体を向ける素振りも見せなかった。

 ホテルマンが、エルに耳打ちした。

「大丈夫です。相手は身体が大きいだけで、受ける衝撃は私達と変わらないでしょう」
「そんな確証なんて持てないでしょッ」

 エルも、囁き声で言い返した。

「というか、あんな奴に銃なんて効きそうにもない印象なんだけど!?」
「ゲームとやらが、私たちのレベルに合わせているのなら、絶対に弱点はあるはずです。あの怪物が、意外にも打たれ弱い可能性だってありますでしょう? ほら、ゲームのゾンビなんて、ちょっとした攻撃にも崩れますからね」

 そこで、ホテルマンが悠長にウインクをして見せた。

「そうかなぁ……俺、そういうゲームとかやった事がないから、分からないよ」

 エルは、真意を問おうとホテルマンの顔を見据えた。ホテルマンは、顔の造りが元々胡散臭いせいか、何故か説得力を感じない。