エルは、拍子抜けしてしまった。俺には、自分がオーナーになれるホテルをくれだとか、そういった現実味のある思惑というか、発想は浮かばなかったのだろうか?

「……まぁ、いいけどさ。俺は望む品物なんてないし、クロエを見付けて、ここから無事に出――」

 その時、ホテルマンかエルの口許に人差し指を当てた。


「小さなお客様。猫ちゃん様を見付けて、彼らと合流する事が大事なのではないですか?」


 確かに、一人だけ飛ばされてしまったセイジの事は気がかりだ。エルは「そうだね」と答えた。重みのなくなった肩と、いつもなら腰辺りに感じる温もりがなくて心細い。

 二人の会話がなくなった後も、落下は続いた。

 ホテルマンは器用なのか、何もない空中で横たわるポーズまで発明し、エルも頭の後ろに手を組んで身体を休めた。

 見えるのは闇ばかりだ。どこまで落ちるのか不明で、二人はしばらく落ちてゆく際に耳元を霞める空気の音ばかりを聞いて過ごした。温度のない空気には強い違和感を覚える。はためく衣服も髪も、半ば無重力の中に浮いているように衝撃が少ない。