「小さなお客様!」

 ホテルマンが再び叫んだ、足元にポッカリと開いた穴がエルを飲み込んでいた。同じ位置に足を踏み入れたホテルマンが、エルの手を掴み損ねたうえ、成す術がないまま深い穴へと落ちてしまった。

 エルは突然の事態に驚きつつも、滲みそうになった涙腺を堪えた。抗う事も出来ない落下は、もうどうする事も出来ない。

 開いた暗黒への入口は、果ての見えない闇へと続いているように思えた。

 視線を上げると、頭上には切り取られた景色がぽっかりと開けていて、廊下に残されたままのスウェンとログの青ざめた顔が見えた。

 セイジもクロエは、いなくなってしまった。そして、自分もまた暗闇に落ちている。

 エルの思考回路は、この状況の中でもきちんと動いていた。エルは、クロエと離れ離れになってしまった悲しみと、落下する恐怖に半ばパニック状態に陥りつつも、こうなってしまった状況を理解した。

 途端に、負けず嫌いな性分が込み上げて、エルの腹の中で苛立ちが爆発する。

「ッこの野郎! 俺はお荷物にはならないって何度も言ってんのに、誰か俺の事を考えやがったな! お前ら、後でぶっとばしてやるからなぁ!」

 数秒の間に様々な出来事が重なった事もあり、エルは混乱して、怒鳴りつける自分が泣いているのか怒っているのかも分からなかった。ただ、セイジかログのどちらかが、エルを保護しなければならないのだとチラリとでも考えた事が、なんだか悔しくて腹立たしかった。

 切り取られた廊下の景色は、エルの言葉を最後に、無残にも閉ざされた。

 落下するエルとホテルマンを残して、辺りは漆黒の闇に包まれた。

           ※※※

 ぽっかりと開いた暗黒への入口は、発生した時と同じように前触れもなく閉ざされた。

 成す術もないまま、沈黙が回廊に重く広がった。

 廊下に残されたスウェンが、言い掛けた言葉を飲み込み、伸ばし掛けた手で拳を作った。彼は息を吐くと「僕も、らしくないな」と自分を落ち着けた。