「そうなんだけど、まさか参加している人間も対象になるとは考えつかなかったというか……。ログ、隙を見せるんじゃないよ」
「説得力ねぇぞ」

 ログが半ば叱るように答えた。

 もうすぐ、離れ離れになってしまう。エルは、出来るだけ落ち着きを装う事を努めながら、ボストンバッグの紐を握りしめた。セイジのように、クロエが荒々しく飛ばされてしまったらどうしよう……?

 あの暗闇の下は、一体どうなっているのだろう。着地は無事に出来るのか、落ちた先に危険な物が転がっていて、クロエが大きな怪我をしてしまわない保証はあるのか?

 三人の元まで、あと数メートルの距離まで迫っていたホテルマンが、駆け足のまま「あッ」と声を上げた。彼は控えめながらも驚いたような顔を見せた後、頼りない声で警戒したように叫んだ。

「小さなお客様! 猫ちゃん様がッ」

 その警戒の声と同時に、エルは、肩から重みが無くなるのを感じた。

 ギクリとした時には、もう遅かった。ハッとして目を走らせると、クロエを乗せたままボストンバッグが浮かび上がり、エルの目の前で姿が薄れ始めていた。

 ボストンバックから顔を出したクロエと、コンマ数秒ほど目が合ったが――実際に声を掛ける暇はなかった。

 待って、やめて、お願いだから――訴えるエルの眼差しとは対照に、クロエの瞳は穏やかで「待っているわ」と語りかけているような気がした。実際に言葉を訊いた訳ではないけれど、それぐらいに、クロエの瞳には一切の動揺も見られなかった。

 口を開きかけたエルは、続くはずだった「クロエ」という悲鳴を途切れさせた。突如、エルは強烈な浮遊感に襲われて、身体のバランスを失っていた。