男は少年の前までやってくると、薄い唇に大きな弧を描いた。予想していたよりも男の背丈は大きく、少年は、まるで大きな闇が目の前の景色を遮ぎ、立ち塞いでいるように思えた。

「君は生粋の『夢人』ですから、どうやら闇に浸食された歪みには耐えられそうもない。――ねぇ、どうです? 君の余力と、この世界での配役を私にくれませんか? 君は先に『宿主』の『核』を連れ出してくれれば、それでいいのです」

 少年は、顔面に迫る男の、作り物のような大きな白い手を凝視した。身体だけでなく、眼球も自分の意思ではもう動かせなくなっていた。

 少年は男の言葉の意味を、数秒をかけてようやく理解し、戦慄した。

 男はこの世界で、あのエキストラであった受け付け令嬢と同じように、今度は少年と取って替わろうとしているのだ。

 正規の夢人に、そんな事が出来るはずがない。

 足元から、ゆっくりと闇に喰われてゆく冷たさを覚え、少年は「ああ、そうなのか」と一つの可能性に気付かされた。生まれも役目も全く異なる存在を、彼は今更になって思い出したのだ。