長身のその男は、ホテルの社員のような正装を決め込み、作り物の愛想笑いを貼りつかせたまま困ってもいない顔で、辺りを見回した。

「すっかり置いていかれてしまいました」

 男は、シクシクシクシク、と口で効果音の演出を入れた。ご丁寧に蝶の刺繍の入った白いハンカチで目頭を押さえ、悲劇の主人公を楽しむように天まで仰いで見せた。

 少年は急ぎ、『自分の世界の記録』を探った。

 この工場の入り口に立っていたはずの、受付嬢役の女の姿が見当たらなかった。『夢』世界では、エキストラの数は決まっているので、この世界に少年が知らない役者がいるはずがない。

 どうやらこの侵入者は、『役者』の一人が消失した直後に現れた不自然な男であるらしい。

 その事に気付いて、少年は彼を警戒した。

「招待客の中に、あなたは含まれていませんよ。ホテルの従業員さん」
「あなたの方こそ、お客様への接客がまるでなっていませんねぇ」

 男はハンカチを丁寧に折ると、皺を伸ばし、上品な手つきで胸ポケットに入れた。少年を正面から見るなり「おやおや」とわざとらしく片眉をつり上げる。