「えっと、何……?」
「いいえ。本日も、可愛らしい猫ちゃん様がご一緒のようでしたので」

 しばらく見つめ合った後、ホテルマンがそう言った。

「うん。俺とクロエは、いつも一緒だから」
「そうでしたか。ご挨拶しても、よろしいですか?」

 変な人だなと思いながら、エルは肯いた。

 ホテルマンが腰を上げ、改めてクロエの前で片膝を折った。

「――こんにちは、夜の貴婦人。今宵も、あなたは美しいですねぇ」

 彼の挨拶に応えるように、クロエが静かな瞬きを一つした。クロエの眼差しは、とても穏やかで落ち着いていた。

 エルは、ふと既視感を覚えた。何か思い出される事があったような気もしたが、違和感の正体はうまく掴めないまま、脳裏を過ぎった何かは途端に離れて行ってしまう。

「……ねぇ、前に俺と会った事はある?」
「おやおや、ナンパの常套句ですか?」

 ホテルマンは笑ったが、見据えるエルの真剣な眼差しに気付くと、わざとらしい咳払いをゲフンゲフンとやり「いやはや、冗談ですよ、冗談。これは失敬」と謝罪した。