殺し合いも、人間同士として認識しないからこそ出来る事なのだと、セイジが遠回しに告げているような気がした。

 同時に、自分の毎日に必死な人間にとっても、誰かを受け入れるほどの余裕はないのだろうとも思えた。エルも、旅に出て多くの人と擦れ違い、言葉を交わす機会もあったが、思い出せる顔は一つもなかった。

 大きな道路の行く道を立ち塞ぐ建物に到着したのは、随分も歩き続けた後だった。暗黒の空に真っ直ぐ伸びる、黒いコンクリート造りの建物の正面は平面形で、まるで大きな壁のようだ。

 それは窓もなければ、階の区切りも分からない建物だった。

 建物の両サイドで中途半端に街並みが途絶えているせいか、奥行を持った建物というよりは、一枚の大きな絵が立てかけられているようにも見えた。建物には、出入り口が一つだけあり、それはハートの形をした装飾造りの黒い扉をしていた。

 その扉の前に、一人の男が腰を降ろして項垂れていた。

 男の背中には、大きく膨れた風呂敷があった。彼は、この風景には似付かない燕尾服を来ており、時々、蝶ネクタイをいじっては、盛大な溜息をこぼしていた。白いシャツと質の良いスーツパンツ、胸元には金色のホテル名が入ったプレートがある。

 エルは、彼が誰であったかを思い出して「あ」と声を上げた。ログが心底嫌な顔をし、スウェンが小首を傾げつつ記憶を辿り、セイジは、自分が起こす行動をすっかり見失って立ち尽くした。

 そんな四人を余所に、ホワイト・ホテルの社員であるホテルマンが、あからさまに胡散臭い嘘泣き顔を上げた。