そこに佇むエルは、もう子共ではなかった。

 後から後から、とめどなく大粒の涙がこぼれ落ちて、エルは、とうとう大声で泣き出した。ポタロウもクロエもいない、大きな夕焼け空だけが、さとうきび畑の向こうに佇んでいるのが見えた。


 ああ、俺は、今まで生きてきた中で、一番幸せで、もう届かない過去を『夢』に見ているんだ。


 そう気付かされて、エルは大きな声を上げて泣いた。子共のように、空を仰いだまま泣き叫んだ。帰りたくても帰れない悲しみが、懐かしいばかりの過去を羨んで胸を貫いて、とても苦しかった。

 そのままエルの意識は、現実の目覚めへと呑みこまれていった。

          ※※※

 エルは、己の覚醒を悟って目を開けた。

 懐かしい夢を見ていたような気がするが、内容は覚えていなかった。ほとんど夢を見た事がないエルにとっては、とても珍しい事だ。

 思い出そうと考えれば、少しは残像ぐらい辿れたのかもしれないが、エルは、目の前の光景が視認出来た瞬間に、そんな余裕は吹っ飛んでしまっていた。
 
 眼前に、こちらを見降ろす男の顔があった。しっかりした太い首、鍛えられた広い肩、眉根を寄せる怪訝な顔――

 エルにとって、その光景は強烈な目覚めだった。その男がログであると理解するまでには数秒もかからなかったが、状況を飲み込むには時間を要した。

 ログの大きな手が、片手だけでエルの細い首をすっぽりと包んでいた。

 触れられるほど近づいた手からは、直に触れられているような熱を覚えた。ログは、ベッドの脇に座っていて、こちらにやや身体を傾けて覗きこむ顔は、相変わらずの顰め面だ。

 何を考えているのか全く読めない顔を、エルは、しばらく見据えていた。けれど、ログはエルが覚醒したにも関わらず、特に反応を見せなかった。

 エルは、少しだけ考えてみたのだが、やはりこの状況を把握する事が出来なかった。