全ての世界が大きく見えていただろう頃の事は、よく覚えていない。

 ただ、自分には本当の家族があって、幸せだった時があったのだと、ぼんやりと記憶の断片に覚えている。あの頃は、どこかで皆と繋がっていたような、満たされていたような気もする。

 訪れてくれた『あの子』の事も、交わした約束も、既に記憶の中から無くなってしまって、気付くとエルは、オジサンの家の子どもになっていた。

 一体何の約束だっただろうか。忘れた思い出の中に、確かに忘れてはならない、とても大事な約束があったような気がするのだ。自分が何をする為に走っているのか、やるべき事を強く願った己の意識が、何事かを強く命令しているような錯覚さえ覚えたが、――

 振り返ると、そこにあったのは大きな夕焼けだけだった。

 そうか、ポタロウとクロエと、長らく遊んでしまったのだ。夕方までには帰ると、オジサンに約束していたのに。

 幼いエルは、眩しい夕焼けを背景に続いている、畑道の先に目を向けた。そこには、ポタロウとクロエの姿があった。小ぶりな雑種犬と、しなやかな身体を持った美しい黒い毛並みの雌猫だ。

 そうだ、帰らなければならない。

 オジサンが、今日はとびきり美味しいお土産を持って帰って来ると言っていた。一人と二匹は美味しい夕飯が待ち遠しくて、今日の分のおやつを抜いていたから、まだ早い時間だというのに、もう腹はペコペコだった。

 足が軽い。身体がふわふわとして心地が良い。

 我知らず、エルはリズムを踏んで、砂利道を踏みしめて歩き出した。ポタロウとクロエが、楽しそうに走り回りながら「早くおいでよ」と、ハッキリとした意思をこちらに伝えてくる。

 とても幸せな気持ちだった。オジサンがよく歌うメロディーは、もうすっかり身体にこびりついてしまっていて、ふんふんふん、と、思い出し鼻歌を口ずさんだ。