ひんやりと湿った風を全身に感じた。あ、空が真っ黒だ、とエルはそんな事を悠長に考えた。しかし、自分がログに飛び蹴りをした事を思い出した時には、受け身も取れず落下していた。

 あ、まずい――

 そう思うよりも早く、両膝に柔らかな衝撃を受けた。続けて、下から「ぐえッ」と野太い声が上がる。

 先に倒れたログの大きな身体が、いいクッションとなってエルを受けとめていた。彼の大きな背中に馬乗りになったエルは、安定感のない乗り心地に呆気に取られたが、ハッとしてボストンバッグを引き寄せた。

 慌てて中の様子を確認すると、エルと目が合った途端、クロエが「にゃーん」とのんびりした口調で鳴いて丸くなった。どうやら、先程起こった飛び蹴りの一件で、いつでも鞄の中から飛び出せるように身構えていた為に平気だったようだ。

 そうだった、クロエは、とても賢い雌猫なのだ。

 エルは、ほっと安堵の息を吐いた。エルにとっては、大男よりもクロエの方が数百倍大事だし、心配である。

 スウェンとセイジが第四のセキュリティー・エリアに到着し、辺りの様子を素早く窺った後、エルたちを見降ろした。

 セイジは、まるで自動車に引かれそうになった子どもを目撃してしまったような顔をしていた。その隣から、スウェンが「猫ちゃんは大丈夫だったかい?」と、エルの下敷きになっているログなど見ていないかのような、何事もなかった爽やかな笑顔で尋ねる。

「びっくりしちゃったよ。猫ちゃんがいるんだから、もうちょっと慎重にやらないと」
「うん、クロエには悪かったよね。ごめんね、クロエ」
「あははは。君って結構動けるタイプの人間なんだねぇ。うん、いいよ、次にある時は、僕が猫ちゃんを預かってあげる。その時は遠慮なく、ログの後頭部にズドンとやっちゃいなさい、協力するよ」

 その時、地面にうつ伏せていたログが、勢いよく頭を上げた。