不意に、はらはらと瞳から暖かい何かが零れ落ちて、エルは、しばらく自分が泣いている事に気付けなかった。ボストンバックから身を乗り出したクロエが、忙しなくエルの袖をひっぱり何度も鳴く。

 セイジに声をかけられて初めて、エルは、自分が泣いている事に気付いた。我に返って顔を上げると、妙な顔をした三人の男と目が合った。

 巻き起こる風に煽られながら、エルは慌てて袖で涙を拭った。

「――ごめん、大丈夫。何でもないんだ」

 弱い自分は、早く隠してしまわなければならない。エルは、自分の願いの為だけに、クロエを連れ出したのだから。

 鳴き続けていたクロエが、痺れを切らしたようにエルのコートに爪を立てた。エルは、這い上ろうとした彼女の身体を抱き上げると、柔らかな身体に顔を寄せた。クロエがエルの鼻先を一度舐め、満足げな顔で頭をすり寄せた。

「――ごめんね、クロエ。君を連れ回す俺は、きっとひどい奴なんだ。それでも、それでも俺は……」

 一人にしないで。誰も、いなくならないで。ずっと傍にいて……

 一人で泣き続けた夜の自分が、エルの押し込めた記憶の底で揺らいでいた。