駅を降りた後、彼女はバスに乗る前に家に電話連絡を入れた。部屋はそのままにしてあるから、と母親が電話越しに言った。亡くなった父親との思い出がたくさん詰まった、たくさんのテディ・ベアや人形たちの部屋の様子を、携帯電話に贈られてきた写真越しに見て、少女は微笑みながら泣いた。
 
――帰りたい、帰りたい。何度も諦めてしまったけれど、私は、幸せだったあの家に、もう一度帰りたいのよ。

 映像は、そこでプツリと途切れた。

 気付くと、支柱は完全にその形を失くしてしまっていた。大量に舞う白い灰は、まるで少女の悲しみのように吹き荒れて、エルの耳元では、髪や衣服がバタバタと煩く鳴っていた。

 エルは、舞い狂う柔らかで凶暴な嵐に、少女の心が痛いほど溢れているような気がした。セキュリティー・エリアは、支柱となってしまった人間の心で出来ているのだろう。エルは科学というものを知らないが、少女の未来を奪ってしまった事実は許せないと思えた。

 帰りたいと願った少女の想いが、無くなってしまった家に帰りたいと願っていた頃の自分を彷彿とさせて、エルの胸が激しく痛んだ。いつしか、オジサンのいる場所がエルの帰る場所になっていたのに、もう叶わない寂しさばかりが募るのだ。

 悲しい、苦しい、会いたい、帰りたい……――

 消えてゆく支柱の少女の心は、一体どこへ還るのだろう。家族のもとへ戻るのだろうか。それとも、彼女はテディ・ベアを抱えて、天国で父親に抱きしめられる夢を見るのだろうか。

 エルは、崩れ散ってゆく大量の白い塵を眺めていた。