仮想空間に巻き込まれた男装少女は、軍人達と、愛猫との最期の旅をする

 スウェンは既に、アリスは死んだものと想定している可能性もある。思い返せば、研究について語るスウェンは、胸の奥に隠した嫌悪感を僅かに滲ませていたようにも思えた。澄んだ彼の青い瞳は、拒絶や憎悪によって美しく研ぎ澄まされ、静かな表情の下で科学を呪っているとも見て取れる。

 エルは、嘘笑いを作り慣れたスウェンの顔を、正面から見据えた。


「科学者は、嫌い?」


 唐突にエルが問い掛けると、スウェンの長い睫毛がピクリと震えた。

 しかし彼は、すぐに爽やかな笑顔を浮かべて見せた。彼からは、エルの背後に残酷な血の海が見えているはずなのに、スウェンはまるで美しい草原に立つようなくつろいだ表情を自然に作り上げていた。

「どうしてそんな事を聞くの、エル君。僕は、好き嫌いなんてしないよ。医者も科学者も先生も、すごく尊敬している。僕ら軍人にとっては、偉すぎるぐらいの人たちさ」
「うん、俺も尊敬はすると思う。だけど、関わる過程によって人が持つ印象は違うとも思うんだ。だから、無理に話さなくてもいいよ」

 エルは、困惑するスウェンの瞳を真っ直ぐ見つめて、先を続けた。

「つまり俺たちが置かれている現状には、未知数の危険が多くあるって事だよね? やるべき事は理解出来たし、俺は自分の意思で手助けをしようと思ったから、俺に全部話さなくても大丈夫だよ。俺は皆の邪魔にならないように、俺がやるべき事をやる。俺はただの部外者で、全部を知る必要なんてないんだから」

 クロエとこのような冒険をし、少しでも一緒に過ごせる時間が引き延ばされている事を、もしかしたら喜ぶべきなのかもしれない。現実世界の数十分、数時間を、ここではもっと長く過ごせるのだから。