僧侶だと思って警戒していなかったが、どうやら人を信じ導くだけの無害な人間ではなさそうだ。

 エルは踵を返すと、大股で通りを先へと進んだ。

 また、不意に名を呼ばれたような気がした。あの僧侶の声だと分かった。脇を通り過ぎていった車の走行音にかき消えてしまったが、何やら一際大きい、行く手を阻む制止の声だった。

 新手の勧誘などの悪意ある引きとめであるのなら、今度は容赦しない。

 エルは喧嘩を売るつもりで、「なんだよッ」と振り返った。しかし、そこには、もう誰もいなくて、一気に闘争心を見失ってしまった。

「……あれ?」

 思わず小首を傾げた。あの僧侶は、何処かへ行ってしまったのだろうか。

 何故か、耳の奥がじぃんと痺れていた。再び歩き出した瞬間、不意に、水の中を歩くような違和感が足に絡んだ。驚いて足を止めてしまったが、その違和感は、耳の奥の痺れと共に一瞬で消え去った。

 エルは、慎重に辺りの様子を確認した。物理的な異変はどこにも探せなかったが、世界の色が唐突に変わってしまったような、そんな奇妙な変化を覚えた。空気の匂いにも、変化があるような気がする。